洗濯ばさみに歌わせたら思ったより遠くまで飛んでいった

最近、歌を書くのに少し飽きていた。

正確には、歌そのものではない。

恋をして、失って、会いたくて、忘れられなくて。

もちろん、そういう歌が悪いわけではない。
私だって好きな歌はたくさんある。

ただ、

「またここから入るのか」

と思ってしまった。

切ない曲を書こうとすると、
窓があって、雨が降って、誰かがいなくなって、ピアノが鳴る。

ずいぶん上手にできるようになった。

だから、困った。

上手にできることに、飽きてしまった。

そんなわけで散歩をした。
歌にならなそうなものを探した。

片方の長靴。
室外機。
自動販売機の下の十円玉。
道路の白線。

そして、

洗濯ばさみ。

なんで歌がないんだろう。

いや、別に歌がなくても困らない。
洗濯ばさみなのだから。

でも、少しだけ聞いてみることにした。

「普段、何をしているんですか」

挟んでいる。

「風の日は?」

いつもより少し強く。

「何を?」

来たものを。

それだけだった。

ところが、見ているうちに妙なことに気づいた。

この小さなものは、
飛んでいかないように何かをつかみながら、

毎日、
風に揺れるものを見ている。

白いもの。
青いもの。

小さいもの。
大きいもの。

自分は飛ばない。

ただ、つかまえている。

そこで一曲、歌わせてみた。

ほんとうは一度
知りたかった

あの白いものたち
風に乗ったら

どこまで
飛べるんだろう

そして、いつか壊れる。

――ぱきん。


なんだ

私も
飛べるじゃないか

……。
深い。
のか?

洗濯ばさみである。

でも、この「深いのか?」という場所が、
私はちょっと好きだ。

自由について書こうとしたわけではない。
役割からの解放を書こうとしたわけでもない。
人生の寓話を作ろうとしたわけでもない。

毎日挟む。
風の日には力をこめる。
日に焼ける。

そして、いつか壊れる。

そのものに起きていることを追いかけただけだった。

ちゃんと見ていると、
ときどき勝手に何かが滲んでくる。

それを見つけても、
「これは人生の比喩です」
なんて札を立てなくていい。

洗濯ばさみは、
洗濯ばさみのままでいい。

私はただ、
今までスポットライトの当たらなかったものに、
三分くらい灯りを向けてみたい。

ほうき。

石鹸。

消しゴム。

冷蔵庫の灯り。

片方だけになった靴下。

あなたには、
世界がどう見えているんだろう。

これは擬人化なのか。
詩なのか。
巫の聞き書きなのか。

単に私が洗濯ばさみにインタビューしているだけなのか。

まだ、よくわからない。

でも次から、
「私は何を書きたいんだろう」
で行き詰まったら、
少しだけ問いを変えてみようと思う。

「あなたには、何が見えていますか」

そうしてマイクを、
世界のほうへ向けてみる。

🎤

次の方、どうぞ。

この灯を 必要な誰かへ
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