目次
序 ──光の沈黙
最初にあったのは
声ではなく 光だった。
誰も知らぬ手が
石の上に 花を置いた。
それが 祈りのはじまり。
やがて
時間が降り
静寂が芽吹いた。
I 祈りの余熱
聖堂の奥、
誰も祈らなくなった祭壇で
ひとつの花が 音もなく 崩れていく。
光が差すたびに
花びらの断片は 風に乗り
硝子のように きらめいて 消える。
その一枚一枚に
まだ息がある。
まだ「ありがとう」と言いたがっている。
誰も見ていない。
誰も壊していない。
それでも花は
自らほどけていく。
──それが祈りのかたちだと
ようやく神が思い出す。
II 蜜の崩壊
指先が 光を撫でた。
それだけで
花は 震えながら ほどけていく。
花弁の下
まだあたたかい蜜が
石の床に 滲んでゆく。
祈りの声はない。
ただ 空気が 呼吸している。
冷たい聖堂に
誰のものとも知らぬ 吐息が満ちる。
崩れ落ちる花びらは
まるで 白い肌の夢。
神は見ている。
けれど 裁かない。
それを 美 と呼ぶ。
III 宇宙の沈黙
鐘は鳴らない。
祈りもない。
あるのは
ゆっくりと 崩れていく花だけ。
花弁は白く
血のように静か。
触れた者の指先から
熱が抜けてゆく。
誰も止めない。
誰も見ない。
それでも花は
自らの重さで 落ちていく。
聖堂の空気が 沈黙を孕み
石の床が 冷たく光る。
その上に 花の残骸が散る。
誰も救われない。
赦しも 約束も ここにはない。
けれど
宇宙は 微笑んでいる。
すべては
循環の一部だと 知っているから。
終章 ──光のあとで
聖堂は崩れ
花も 塵に還った。
壁の絵は ひび割れ
名前も 記憶も 消えていく。
それでも 風は通り
光は 同じ角度で差す。
宇宙は 何も知らない。
誰が泣き 誰が赦したかも 知らない。
ただ 石の上で
光が 静かに呼吸している。
それだけが 永い時間を越えて
この場所を 生かしている。
