彼は麦畑のそばに小さな家を持ち、絵の具の匂いのする部屋で毎日静かに描いている。
彼の絵は少しずつ人の家に飾られ、村の人たちは、
「この空は動いているみたいだ」
と笑う。
大きな成功ではない。
けれど、それで十分だった。
彼はただ、描きたいものを描ければよかった。
ある夏の終わりの朝。
彼は麦畑に立っていた。
空はまだ夜と朝のあいだにあり、星がいくつか残っている。
東の地平線だけが静かに明るくなっていた。
彼はキャンバスを立てる。
星をたくさん描いた人だった。
けれど、この日は夜明けを描くことにした。
夜の青と。
朝の金色が。
同時に空に浮かんでいる。
筆を動かしながら、彼は思う。
夜は長い。
けれど。
朝は必ず来る。
絵が完成するころ、太陽がゆっくりと地平線から顔を出した。
麦畑が金色に揺れる。
彼は少し離れてキャンバスを見る。
夜の青はまだ残り、その奥から朝の光が広がっている。
彼は静かに頷いた。
「これでいい」
その絵は、彼の最後の作品になった。
人々はその絵を見るとなぜか少し安心する。
疲れた旅人も。
眠れない夜を過ごした人も。
長い冬を越えた人も。
みんな、その絵の前で少しだけ呼吸をゆるめる。
そしてこう言う。
「この人は、本当の夜明けを見たんだ」
夜は長い。
けれど、朝は来る。
