「性教育」という言葉を聞くと、少し身構えてしまう人もいるかもしれません。
何歳から教えればいいのだろう。
どこまで話せばいいのだろう。
まだ早いのではないか。
うまく説明できるだろうか。
けれど、性教育はある日突然始まるものではありません。
赤ちゃんにおむつを替えるとき。
子どもを抱き上げるとき。
「いや」と言われたとき。
誰かを好きになったとき。
その一つひとつの中に、すでに大切なことがあります。
それは、からだと心には、その人自身の境界があるということです。
「あなたのからだは あなたのもの」
子どもは生まれた瞬間から、自分のからだを持っています。
もちろん、赤ちゃんはまだ自分で着替えることも、おむつを替えることもできません。
大人が世話をする必要があります。
それでも、
「今から着替えようね」
「おむつを替えるね」
「少し冷たいよ」
そんなふうに声をかけながら触れることはできます。
まだ言葉を理解できない時期であっても、
あなたのからだを、ひとりの人のからだとして扱っています
という姿勢は、日々の関わりの中に表れます。
性教育の最初の一歩は、身体の仕組みを教えることではありません。
自分のからだは大切に扱われていい。
その感覚を、暮らしの中で少しずつ育てていくことなのだと思います。
「いや」と言えること
子どもが大きくなると、「いや」という言葉が増えてきます。
抱っこされたくない。
くすぐられたくない。
今は触られたくない。
大人から見ると、ちょっとしたわがままに見えることもあるかもしれません。
けれど、
自分が嫌だと感じたことに気づき、それを伝えること
は、とても大切な力です。
もちろん、歯磨きや治療、安全のための行動など、子どもの希望だけでは決められない場面もあります。
それでも、
「嫌なんだね」
「でも、今日は虫歯にならないように歯を磨こう」
「終わったらおしまいにしようね」
と、気持ちそのものまで否定しないことはできます。
境界線を尊重することは、子どもの言うことを何でも聞くことではありません。
あなたの気持ちは、ここにあっていい。
そう伝えることでもあります。
自分の境界と、相手の境界
境界線は、自分を守るためだけにあるものではありません。
自分に「触られたくない」という気持ちがあるように、相手にもあります。
自分が抱きしめたいからといって、相手も抱きしめられたいとは限りません。
自分が好きだからといって、相手も同じ気持ちとは限りません。
だから、
私のからだは私のもの。
あなたのからだはあなたのもの。
この二つを一緒に覚えていく必要があります。
境界線とは、人と人を遠ざける壁ではありません。
むしろ、お互いが安心して近づくための線です。
性を「怖いもの」だけにしない
子どもへの性教育では、ときどき危険の話が中心になります。
性被害。
望まない妊娠。
性感染症。
SNSでのトラブル。
もちろん、どれも大切なことです。
けれど、性の話がすべて「危険だから気をつけなさい」になってしまうと、自分の身体そのものまで怖く感じてしまうことがあります。
身体が成長すること。
誰かを好きになること。
親密になりたいと思うこと。
それらは、本来、人間が生きていく中にある自然な出来事でもあります。
危険について知ることと、身体を恥じないこと。
その両方を一緒に育てていきたいと思います。
0歳から18歳まで一本の線として
このシリーズでは0歳から18歳頃までを追いながら、からだと心の境界線について考えていきます。
テーマは「何歳で何を教えるべきか」だけではありません。
大切に扱われること。
自分の感覚に気づくこと。
嫌だと言えること。
相手の嫌も尊重すること。
身体の変化を知ること。
誰かとの距離を自分で選ぶこと。
そうしたものは、すべてつながっています。
性教育だけを、生活の中から切り離す必要はありません。
お風呂の時間にも。
着替えの時間にも。
友達とのけんかにも。
恋をしたときにも。
境界と尊厳の話はあります。
そしてその根に置きたいのは、とても単純なことです。
あなたは、あなたのからだと心を大切にしていい。
そして、
目の前の誰かにも、同じ権利がある。
性について学ぶことは、身体の仕組みを知ることだけではありません。
人をひとりの人として扱うことを学んでいくことでもあるのだと思います。
次回は0〜2歳頃。まだ言葉を十分に話せない時期の「身体を大切に扱われる経験」について考えます。

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