朝の住宅地に、列がある。
人は皆、それぞれの事情を抱えて並んでいる。
仕事前の人。
子どもを送った帰りの人。
散歩のついでを装っている人。
そして、クロワッサンに恋している私。
空はまだ白い。
鳥さえ本気では起きていない時間だ。
それなのにここには、すでに十人の人間がいる。
愛とは、早起きなのである。
私は列の七番目だった。
悪くない数字だ。
学生時代の出席番号としても、人生の運勢としても、まあまあ期待してよい位置に思える。
店の奥から、香りが流れてくる。
バター。
小麦。
焼ける音の気配。
姿が見えなくてもわかる。
君がそこにいる。
クロワッサン。
幾層にも折り重なった黄金の沈黙。
触れれば砕けそうな誇り。
一口で人の機嫌を直す才能。
私は君のそういうところが、前から好きだった。
扉が開く。
小さな鈴が鳴る。
奥様の「おはようございます」が朝に置かれる。
列が進む。
ひとり、またひとり。
人々は店に入り、紙袋を抱いて出てくる。
その姿は、選ばれし者たちだった。
三番目の人が君を取った。
仕方ない。
まだ在庫はある。
愛には余裕が必要だ。
四番目の人も君を取った。
よし、まだ慌てない。
人は希望を数で管理すると弱くなる。
五番目の人は、君を二つ取った。
その瞬間、私は空を見た。
人は受け止めきれない現実に出会うと、上を見る。
そこに答えはないと知りながら。
六番目の人が店を出る。
紙袋の角から、三日月の端がのぞいていた。
あれはもう、私の未来だったものだ。
「次の方どうぞ☺️」
私は入店した。
棚には食パンがあった。
丸パンもあった。
あんぱんもいた。
クリームパンなどは、やけにやさしい顔をしていた。
だが、君はいない。
私は店主を見た。
店主は黙って生地を打っていた。
職人とは、ときに運命そのものの顔をする。
奥様が微笑む。
「クロワッサン、次は三十分後です☺️」
三十分。
短いようで長い。
文明は築ける。
だが空腹は待てない時間だ。
私は迷った。
ここで待つか。
一度帰るか。
別の人生を始めるか。
私は食パンを手に取った。
それは敗北ではない。
別の幸福への転進であると、自分に説明した。
会計を済ませ、外へ出る。
すると新たな列ができていた。
人々はまだ知らない。
君がもういないことを。
私は彼らを見つめ、心の中でだけ告げた。
──急げ。だが、間に合わない。
帰り道、紙袋は温かかった。
私はそれを胸に抱えながら思う。
人生はいつも、第一希望を一つ前で失う。
けれどときどき、焼きたての食パンをくれる。
その夜。
私は明日の目覚ましを三十分早くセットした。
恋に理性はない。
パンにもない。
翌朝、私はまた列に並ぶだろう。
七番目ではなく、五番目を目指して。
人は成長する。
失恋が、人を強くするように。
君はいつも一つ前で売り切れる。
それでも私は、何度でも君に会いに行くのだ。🥐
※この場所には、ときどき少し笑える文章も置かれます。
深呼吸のように🥐✨
この場所は小さな灯りで続いています。
This place continues with small lights.
ここに小さな灯りを
Leave a small light

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