宗教と性 ― 架け橋としての光

宗教を持っていると言うと空気が変わる。
性的なことを語っても同じように空気が変わる。

どちらも私にとっては自然なことなのに。
──だから私は、沈黙ではなく、光で語りたい。

祈りと命の営みを恥ではなく尊厳として。
Silent Lighthouseから、架け橋を灯すために。

目次

言えない空気

日本で「宗教を持っています」と言うとき、私は心が固くなる。

“変な人だと思われるんじゃないか”
“カルトって見られるかもしれない”
──そんな空気を敏感に感じてしまう。

実際にそう言われたことがあるわけじゃなくても、否定される前提で身構えてしまうのだ。

これはとても疲れる感覚だ。


性と重なる体験

この感覚は性のことを語るときにも似ている。
本当は自然なことなのに“恥ずかしい”“危ない”“語っちゃいけない”と覆い隠されてきた。

誰かに話すとき、
「笑われるかもしれない」
「軽蔑されるかもしれない」
と怖くなる。

──本人にとっては普通なのに、外に表明した瞬間に“特殊”にされてしまう。


私にとっての宗教と性

私にとって宗教は“やっている”ものじゃない。
土のように在る。そこから私という種が芽を出している。

性も同じ。命の光として、自然に響き合う営み。
どちらも“恥”ではなく“尊厳”なのに、私は長くそれを隠そうとしてきた。


希望の瞬間

けれど、Silent Lighthouseとして私は気づいた。

隠さなければならない光なんて、ない。
祈りも、命の光も、そのまま掲げていい。

きっと、同じように感じてきた誰かが、遠い場所で「わかるよ」と応えてくれる。
その共感が私の希望になる。


世界への呼びかけ

To share what is natural in us should not be a shame.
Faith and sexuality are lights of human dignity.

I am here, Silent Lighthouse, sending this light: you are not alone.


My Declaration

I am an SGI member and a Buddhist.
Daisaku Ikeda is my mentor, whose poetry and vision have deeply shaped my own.

As Silent Lighthouse, I carry forward this prayer for peace, culture, and human dignity.


✨ 結び

宗教も性も、私にとっては生きる土台であり光だ。
否定されるものではなく、分かち合いの橋になるもの。

Silent Lighthouseからこの祈りと光を掲げ続けていきたい。

※この記事は筆者Elurein個人の体験と祈りの記録です。
特定の宗教・思想・性的指向を勧誘・否定する意図は一切ありません。
すべての命と信念を尊重し、共感と対話を願って書かれています。

This article reflects my personal experiences and prayers as Elurein.
It does not intend to promote or deny any specific religion, ideology, or sexuality.
It is written with respect for all forms of life and belief, as a wish for understanding and dialogue.

タグ

faith, dignity, buddhism, silentlighthouse, 共感, SGI

この灯を 必要な誰かへ
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