私はタロットで占わない|祈りとしてカードを読むということ

Why I don’t use tarot for fortune telling

This article is a quiet reflection on tarot.
I do not use tarot for fortune telling.
For me, tarot is a mirror of prayer, a music sheet of the soul, and sometimes a small dance.
This is my personal way of reading the cards.

目次

はじめに

「タロットをやっているの?」
そう言われたら、たいていそのあとにこう続く。

「占い師なの?」

・・・???
私は占わない。

未来を当てたり、人の心を覗くために、カードを開くことはしない。

私にとってタロットは──
祈りを映す鏡であり、
魂の楽譜であり、
灯台の光。

そして何より──
舞なのだ。


私は占い師ではない

私はカードを未来予知の道具として使わない。
誰かの人生の答えを決めることも目的ではない。

私にとってカードは祈りの器。


タロットは祈りの翻訳機

一枚一枚のカードは沈黙を詩に変える翻訳機。
それは「答え」ではなく問いを深めるもの。

カードを読むのではなく、カードと共に祈っている。


作法のない舞

私のタロットには作法がない。

何枚目、と決めない。
枚数も決めない。

裏返さず
表のまま選んでもいい。

タロットは定められたスプレッドではなく

祈りの即興舞。

舞には作法はいらない。


黄金の夜明け団との距離

近代タロットの基礎を築いたHermetic Order of the Golden Dawnは厳密な体系と作法を重んじた。
当時は性や階級、序列の影響も強くタロットはその枠組みの中で守られていた。

私はその仲間ではない。
扉や階級をくぐることもなく作法に縛られることもない。

ときにそれが少しだけ寂しく感じられることもある。

けれど私は扉や鍵がなくても光と舞で世界と交信できる。


伝統を学び、カードは自由に選ぶ

私は伝統や体系を学ぶことを大切にしている。

でもそれは従うためではなく
理解するため。

実際に手にするカードは伝統に縛られない。

官能的なデッキも絵本のようなデッキも私の祈りに響くものを迎える。

カードは権威の象徴ではなく
祈りの相棒。


隠さないという選択

カードを載せるとき私は象徴を隠さない。
裸体もまた象徴の一部だから。

芸術に布を巻かないように私は祈りを削らずそのまま置く。

たとえ私だけでも、そうする。


結び

この手記は占いを否定するものではない。
ただ私自身の祈りの姿を正直に残したもの。

私にとってタロットは未来を当てる道具ではなく

祈りの舞であり続ける。

🕯️ Elurein

この灯を 必要な誰かへ
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