世界のどこかで争いのニュースを見るたび、人はふと立ち止まる。
「自分にできることは何だろう?」
私は、ひとつの答えを自分の中に持っている。
それは
祈ること。
目次
祈りは無力だからするのではない
祈りはときどき誤解される。
「何もできないから祈る」
「現実から目を背けている」
そんなふうに思われることもある。
けれど私にとって祈りは違う。
祈りは
勇気だ。
諦めない勇気。
世界はときどき諦めを教えようとする
争いのニュースが続くと、こんな言葉が広がることがある。
- 人間は変わらない
- 世界はずっとこうだ
- どうせ何も変わらない
それは静かな絶望の言葉。
もしそれを信じてしまったら、人はもう願わなくなる。
そして願いを手放したとき、本当に世界は暗くなる。
祈りは「それでも」と言う力
祈りは、世界を直接止める力ではないかもしれない。
けれど祈りは、こう言い続ける力を持っている。
それでも。
それでも
- 人の尊厳を忘れない
- 憎しみに飲まれない
- 希望を手放さない
その「それでも」を守ることは、とても勇気がいる。
灯台のように
灯台は嵐を止めない。
海を静かにすることもできない。
それでも灯りを消さない。
それが灯台の役目。
私の祈りもそれに少し似ている。
私がすること
だから私は、祈る。
それは無力だからではない。
諦めないために。
勇気を持ち続けるために。
そしてこの世界に、まだ灯りがあると信じ続けるために。
