外に師を探す段階が終わった日|静けさと主権を取り戻すとき


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外に師を探す段階が終わった日

ラグジュアリーホテルの静けさにも触れた。
修道院のような生活も試してみた。

どちらも美しく、整っていて、学ぶものがあった。
けれどある時ふと気づいた。

もう学ぶものがない。

少し寂しいような、でもどこか静かな感覚だった。


静けさの中にあった違和感

静けさは好きだった。
シンプルな暮らしも心地よかった。

でも
「この時間に、これをやる」
「こうあるべき」

そうしたものが重なったとき、どこかで息が浅くなるのを感じた。

従っている感覚。
それが、ほんの少しだけ苦しかった。


通過だった

修道院も、ホテルも、間違っていない。
むしろ、とても完成された形だと思う。

ただ、私は気づいた。

それは「誰かが完成させた静けさ」だった。

私はそこに入ることはできる。
でも、ずっとそこにいる必要がなかった。


外に師を探す段階が終わった

そして、ある言葉が内側に落ちてきた。

「外に師を探す段階が終わった」

その瞬間、
何かを失ったのではなく、
何かが戻ってきたように感じた。


これは堕落ではない

最初は少しだけ怖かった。

決められたものに従わないことは、どこか「崩れていくこと」のようにも見えるから。

でも違った。

私は今、むしろ逆の場所にいる。
感じて、選んでいる。


これからの静けさ

これからは
「何を学ぶか」ではなく、
「どう在るか」

静けさも、整いも、
外から借りてくるものではなく、
内側から滲み出るものになる。


結び

私はもう、誰かのように整う必要がない。

ただひとつの問いだけを持って、生きていく。
「私は、どう在ると美しいか」


🌿 A Quiet Note (English)

I am here.
I choose my quiet.

I do not follow.
I listen.

My silence is mine.

もし何か感じたら、ひとことでも大丈夫です。
やさしい言葉をそっと置いてくださったら嬉しいです。
You can leave a short, gentle message.

この灯を 必要な誰かへ
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