本稿は歴史資料を参考に執筆した随想です。
スクレーター本人への呼びかけや心情表現は、筆者の想像によるものです。
――フィリップ・ラトリー・スクレーターへ捧ぐ
「レムリア」という名前を聞いたことがあるだろうか。
失われた大陸。古代文明。愛と調和に満ちた世界。
そんな話を耳にして、私はふと疑問に思った。
そもそも、レムリアとは何なのだろう。
レムリアの名前を生んだ動物学者 フィリップ・ラトリー・スクレーター
調べてみると、その名前は1864年、イギリスの動物学者フィリップ・ラトリー・スクレーターが提案したものだった。
彼が考えていたのは、失われた理想郷ではない。
マダガスカルの哺乳類の分布だった。
離れた土地に暮らす動物たちの分布を、どう説明すればよいのか。
その謎を考える中で、彼はかつて存在したかもしれない広大な陸地を想定し、「レムリア」と名付けた。
私は思わず、笑ってしまった。
おじさん。
あなたのつけた名前、ずいぶん遠くまで旅をしてしまったみたいですよ。
後の時代、その名前は神秘思想に取り入れられ、失われた文明の物語になった。
さらに時代が進むと、愛や平和、癒しの故郷として語られるようになった。
けれど、私はその物語を追いかけるうちに、別のことが気になり始めた。
スクレーターという人は、いったいどんな人だったのだろう。
鳥類の分布を研究したスクレーターの生涯
調べてみると、彼は鳥を愛する人だった。
若い頃から鳥類に関心を持ち、世界中の鳥たちがどこに暮らしているのかを研究した。
1858年には、鳥類の分布をもとに世界を六つの動物地理区に分ける研究を発表している。
学術誌『The Ibis』の編集に携わり、動物学会の仕事に長く従事し、多数の鳥類標本を博物館へ寄贈した。
1913年の追悼文には、若い研究者たちを親切に助けたことも記されている。
私は少し、胸がいっぱいになった。
おじさん。
あなたは、そんなに鳥が好きだったのですね。
あなたが見ていた世界には、どんな色の羽があったのでしょう。
どんな鳴き声が聞こえていたのでしょう。
遠い土地の鳥たちを調べながら、どんな不思議に出会ったのでしょう。
私は、あなたのことを何も知らなかった。
レムリアという名前だけを知っていた。
けれど今日、ようやくあなたの名前を知った。
フィリップ・ラトリー・スクレーター。
1829年に生まれ、1913年に亡くなった、一人の動物学者。
レムリアの伝説と科学者が残した本当の問い
あなたが、その後に広がっていったレムリアの物語をどこまで知っていたのか、私にはわからない。
あなたが想定した陸地の仮説も、現代の科学ではそのまま受け入れられてはいない。
けれど、それであなたの問いが無意味になるわけではない。
知らないことを知ろうとした。
離れた土地の生き物たちの間に、何かつながりがあるのではないかと考えた。
その問いから、研究が生まれた。
私は、そこに心を動かされた。
もしも時間を越えて会えるなら、あなたに聞いてみたい。
「おじさん、鳥のお話を聞かせてください」
きっと私は、知らない鳥の名前をたくさん聞くことになるだろう。
難しい話は、何度も聞き返してしまうかもしれない。
それでも、聞いてみたい。
あなたが一生をかけて見つめた世界を。
フィリップ・ラトリー・スクレーターへ捧げる小さな祈り
レムリアという名前は、これからもさまざまな物語の中で語られるのだろう。
それはもう、あなた一人の手を離れた言葉なのかもしれない。
でも、私は覚えていたい。
その名前の始まりに、一人の動物学者がいたことを。
鳥たちの分布を調べ、世界の不思議を知ろうとした人がいたことを。
どうか、あなたの研究を読む人が、これからもいますように。
あなたの残した問いに、誰かがまた目を輝かせますように。
そして、遠い未来の小さな読者が、あなたの論文を開いてくれますように。
おじさん。
今日は、あなたに出会えてよかった。
ありがとう。
参考文献・資料
- Sclater, P. L. (1864). “The Mammals of Madagascar.” The Quarterly Journal of Science, 1, 213–219.
- Sclater, P. L. (1858). “On the General Geographical Distribution of the Members of the Class Aves.” Journal of the Proceedings of the Linnean Society, 2, 130–145.
- “The Late Philip Lutley Sclater.” (1913). British Birds, 7, 66–68.
- Elliot, D. G. (1914). “In Memoriam: Philip Lutley Sclater.” The Auk, 31, 1–12.

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