私は最後の本を棚へ戻した。
どこかでパタン、と表紙が閉じる音がして、
部屋は少しだけ静かになった。
もう帰る時間だ。
窓の外では、昼の青がゆっくりと夜の色に溶けている。
机の上を片づけて、椅子を戻す。
最後に、窓辺の灯りへ手を伸ばした。
そこで、手が止まった。
小さな灯り。
小さな言葉。
小さな親切。
昔の私はこういうものが嫌いだった。
そんなことで何が変わるの。
朝は勝手に来る。
夜もまた来る。
変わらないものはそんなに簡単には変わらない。
それなのに。
ずっと後になってから、思い出すことがあった。
誰かが置いたもの。
どこかで聞いた言葉。
もう名前さえ覚えていない、小さな何か。
何ひとつ解決してくれなかった。
それでも不思議なことに、
それらは、あの日の私を覚えていた。
まるで、
ここにいたでしょう。
とでも言うように。
窓辺の灯りが揺れている。
遠くまで照らすには、小さすぎる。
町の向こうからは、見えもしないだろう。
それでいい。
私は鞄を持って、扉へ向かった。
振り返る。
薄暗くなった部屋の隅に、
小さな灯りがひとつ残っている。
何が変わるのかは、今でもわからない。
たぶん、何も変わらない夜だってある。
それでも。
明日の私が迷ったとき、
ここへ来たことを思い出せるように。
今夜はひとつ、
灯りを残してゆこう。
目次
灯りをひとつ残して/ A Small Light
最後の本を
棚へ戻して
窓辺の灯りは
まだ消さない
誰かの足音が
遠くなって
夜だけがまた
部屋に残る
そんなことで
何が変わるの
私もずっと
そう思ってた
朝は来るし
夜にもなる
変わらないものは
変わらないまま
それでもいつか
振り返ったとき
消えずに残る
小さなものが
あの日の私を
覚えていた
灯りをひとつ
残してゆこう
誰にも見えない
小さな場所に
明日の私が
迷ったとき
ここに来たことを
思い出せるように
遠くまで
照らせなくても
何ひとつ
変わらなくても
消えずに残る
ものがあるなら
今夜もひとつ

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