Silent Lighthouse 図書館|第1話|羊学コーナーができました

Silent Lighthouse 図書館は、朝の光がよく似合う場所。

大きな窓からは海のほうから来た白い光が入り、木の床の上に静かに伸びている。
本棚は背の高いものも、低いものもあり、古い本も、新しい本も、まだ誰にも読まれていない本も、同じように息をひそめて並んでいた。

ここには、役に立つ本がたくさんある。

歴史の本。
言葉の本。
祈りの本。
旅の本。
星の本。
世界の仕組みについて書かれた本。

けれど、それと同じくらい、
役に立つのかどうか、よく分からない本も大切にされていた。

たとえば、

『なくした栞の気持ち』
『風がページをめくる理由』
『お茶を淹れてから考える哲学』
『昼寝前に読むべきでない本一覧』

そういう本たちも、Silent Lighthouse 図書館では、ちゃんと居場所をもらっていた。

その朝、Elureinが図書館に入ると、司書さんが少し誇らしげに立っていた。

📚「新刊が入りました」

司書さんの隣には、新しい棚があった。

まだ木の香りが残っている、小さな棚。
棚の上には、できたばかりの札がかかっている。

そこには、こう書かれていた。

目次

🌿🐏 羊学(Sheep Studies)

Elureinは、しばらく札を見つめた。

☀️「……羊学」

📚「はい」

司書さんは、静かにうなずいた。

📚「最近、需要が高まりまして」

その瞬間、図書館の奥から、白いもこもこした影が駆けてきた。

もちろん、羊さんだった。

🐏✨「メェ!!」

羊さんは、棚の前でぴたりと止まった。

そして、たいへん感動した顔をした。

🐏「これは……」

📚「羊さんのためのコーナーです」

羊さんは、しばらく黙って棚を見上げていた。

その顔は、どこか王立図書館に自分の肖像画を見つけた王様のようでもあり、
商店街に自分の好きなお菓子屋さんができた子どものようでもあった。

🐏「メェ……」

Elureinは小さく笑った。

☀️「よかったね、羊さん」

🐏「はい。学問になりました」

☀️「学問になったんだ」

🐏「はい。これからは、草を食べるにも責任が伴います」

☀️「そこまで重くしなくていいと思う」

棚には、いろいろな本が並んでいた。

🐏 入門

  • 『はじめての羊』
  • 『羊語の基礎会話』
  • 『今日の草100選』
  • 『羊さんと仲良くなる三つの姿勢』
  • 『メェの発音練習帳』

羊さんは、『羊語の基礎会話』を鼻先でそっと開いた。

最初のページには、こう書いてあった。

メェ。
状況により、挨拶・感謝・抗議・哲学的沈黙を意味する。

Elureinは本をのぞきこんだ。

☀️「便利すぎない?」

羊さんは胸を張った。

🐏「羊語は奥深いのです」

☀️「メェだけで?」

🐏「メェだけではありません」

☀️「ほかに何があるの?」

羊さんは静かに言った。

🐏「間合いです」

司書さんが、なぜか深くうなずいた。

🐑 歴史

隣の段には、歴史の本が並んでいた。

  • 『羊と文明』
  • 『シルクロードと羊毛』
  • 『修道院と羊たち』
  • 『中世ヨーロッパの牧羊』
  • 『毛糸がつないだ冬の暮らし』
  • 『草原を渡るものたち』

Elureinは、『羊と文明』を手に取った。

ページをめくると、古代の人々が羊と共に暮らしていたことが書かれていた。
羊毛で布を作り、乳を分けてもらい、群れと季節を見ながら移動した人々。

☀️「羊って、思ったよりずっと人間のそばにいたんだね」

Elureinが言うと、羊さんは静かにうなずいた。

🐏「昔から、わりといました」

☀️「わりと」

🐏「はい。人間が大きなことを考えている横で、草を食べていました」

Elureinは笑った。

でも、その言葉は少しだけ本当のような気がした。

王がいて、神殿があり、戦争があり、交易があり、祈りがあり、
そのそばにはきっと、羊や山羊や犬や鳥や、名もない草たちがいた。

歴史の本には、大きな出来事が残る。
けれど本当は、そのすぐ隣に、静かな生きものたちの時間も流れていた。

🌱 グルメ

次の段には、羊さんがとくに真剣な顔になる本が並んでいた。

  • 『世界の草図鑑』
  • 『季節の牧草』
  • 『ハーブはどこまで食べていい?』
  • 『朝露と草の関係』
  • 『やわらかい草、かたい草』
  • 『一度は食べたい野原100』

羊さんは『今日の草100選』と『世界の草図鑑』の前で迷っていた。

🐏「どちらを借りるべきでしょうか」

☀️「両方借りたら?」

🐏「よいのですか」

☀️「図書館だからね」

羊さんは目を輝かせた。

🐏「図書館とは、すばらしい草原ですね」

☀️「草原ではないよ」

🐏「知の草原です」

司書さんが、また深くうなずいた。

Elureinは、だんだん司書さんが羊さん側なのではないかと思い始めた。

🎨 芸術

上のほうの棚には、芸術の本もあった。

  • 『羊の描き方』
  • 『世界の羊伝説』
  • 『羊と月の神話』
  • 『名画の中の羊たち』
  • 『雲と羊の見分け方』
  • 『もこもこ表現の可能性』

Elureinは『羊と月の神話』を手に取った。

月明かりの下で眠る羊。
夜の丘を歩く羊飼い。
銀色の毛を持つ幻の羊。
夢の入口を守る羊。

☀️「羊さん、月とも相性いいね」

🐏「はい。夜は静かですから」

☀️「静かなところ、好き?」

🐏「はい。静かなところでは、草の声も聞こえます」

Elureinは本を閉じた。

草の声。

それはきっと、人間が忙しいときには聞こえないものなのだろう。
急いでいると、見落としてしまうもの。
役に立つかどうかで世界を分けていると、棚の奥にしまわれてしまうもの。

でも、Silent Lighthouse 図書館では、そういうものにも札がつく。

羊学。
草の声。
もこもこ表現の可能性。

なんだか少し、安心する。

📖 児童書

いちばん下の棚には、子ども向けの本があった。

『ぼくは図書館の羊』

表紙には、眼鏡をかけた羊さんが、本の山に囲まれている絵が描かれていた。

Elureinが声に出して読んだ。

☀️「ぼくは図書館の羊。静かな場所が好きです。でも、たまに本の角をかじってしまいます」

司書さんがすぐに言った。

📚「草は外で食べようね」

羊さんは、少しだけ視線をそらした。

🐏「過去の話です」

☀️「経験あるんだ」

🐏「若いころに」

☀️「今もわりと若そうだけど」

🐏「心は古代からいます」

Elureinは笑った。

そのとき、図書館の奥のほうから、低い声が聞こえた。

🐏「メェ」

続いて、もうひとつ。

🐏「メェ」

そして、またひとつ。

🐏「メェ」

Elureinは顔を上げた。

☀️「……なに?」

司書さんは少しだけ困った顔をした。

📚「実は、羊学コーナーの奥に、研究室もできまして」

本棚の一番奥に、小さな扉があった。

扉には札がかかっている。

🚪 立入注意 🐏🐏🐏 羊研究室

中からは、やはり声が聞こえてくる。

🐏「メェ」

🐏「メェ」

🐏「メェ」

Elureinはそっと扉を開けた。

中には、丸いテーブルがあり、三匹の羊が座っていた。

一匹は眼鏡をかけている。
一匹は羽ペンをくわえている。
もう一匹は、ただ寝ている。

黒板には、大きな文字でこう書かれていた。

本日の研究テーマ
なぜ草はおいしいのか

Elureinは、しばらく黒板を見つめた。

☀️「何を研究してるんですか?」

眼鏡をかけた教授羊が、ゆっくり振り向いた。

🐏🎓「まだ分かりません」

☀️「分からないんだ」

🐏🎓「はい。だから研究しています」

それは、少しだけ正しかった。

Elureinは黙ってうなずいた。

分からないから、調べる。
分からないから、読む。
分からないから、誰かと話す。
分からないから、ときどき黙る。

学問とは、もしかしたらそういうものなのかもしれない。

教授羊は、黒板に新しい文字を書いた。

仮説1
草は、草だからおいしい。

Elureinは小さく言った。

☀️「かなり強い仮説ですね」

司書さんは静かにメモを取っていた。

羊さんは、誇らしげに言った。

🐏「重要な一歩です」

そのあと、羊研究室では、たいへん厳かな討論が始まった。

🐏「メェ」

🐏「メェ」

🐏「メェ」

ときどき、

🐏「もしゃ」

という音も混じった。

Elureinは、研究室の入口に立ったまま、肩を震わせて笑った。

Silent Lighthouse 図書館には、今日も変な棚がある。

でも、変な棚は、変なだけではなかった。

羊学の棚を見ていると、世界の大きな歴史の隣に、小さな生きものの時間があることを思い出す。
草を食べる音も、月夜の眠りも、毛糸のあたたかさも、誰かの冬を越えさせたものだった。

役に立つ本だけでは、人は少し疲れてしまう。

正しさの本だけでも、息が詰まることがある。

だからこの図書館には、羊学が必要だった。

少し笑える本。
何の役に立つのか分からない本。
でも、読み終わったあと、心がふっとほどける本。

その棚の一番奥に、一冊だけ、特別な本が置かれていた。

表紙には、金色の文字でこう書かれている。

『世界中の人に安心して昼寝ができる草原を。』

Elureinは、その本をそっと開いた。

中には、長い文章はなかった。

ただ、いろいろな筆跡で、一行ずつ言葉が書き足されていた。

今日は少し疲れたので、ここで休みます。

誰にも急かされない場所が、ひとつありますように。

眠れるということは、信じられるということ。

草の上に寝転んだら、空が思ったより広かった。

明日も来てもいいですか。

Elureinは、ページの余白に手を置いた。

この本は、誰か一人が書いたものではない。
図書館を訪れた人が、少し疲れた日に、一行ずつ書き足していく本だった。

だから最後のページは、いつまでたっても来ない。

誰かがまた、ここに来る。
誰かがまた、一行を書く。
誰かがまた、少し休んでいく。

羊さんが、隣に来て本をのぞきこんだ。

🐏「よい本ですね」

☀️「うん」

🐏「これは、借りられますか」

司書さんが静かに首を振った。

📚「この本は、ここに置いておく本です」

🐏「なぜですか」

📚「帰ってくる人のためです」

羊さんは、納得したようにうなずいた。

🐏「では、ここに草を置いておきましょう」

☀️「草は置かなくていいよ」

🐏「栞として」

Elureinは少し考えてから、笑った。

☀️「……一本だけね」

羊さんは、たいへん丁寧に、草を一本だけ本のそばに置いた。

それは栞というより、お供えのようにも見えた。
あるいは、小さな約束のようにも。

Silent Lighthouse 図書館の朝の光は、いつの間にか少し高くなっていた。

羊学コーナーの札が、窓から入る光を受けて静かに揺れている。

司書さんはカウンターに戻り、教授羊たちは研究室でまだ「メェ」と討論していた。
羊さんは『今日の草100選』を大切そうに抱えている。

Elureinは、もう一度だけ特別な本を見た。

『世界中の人に、安心して昼寝ができる草原を。』

その題名は、ふざけているようで、少しもふざけていなかった。

世界がどんなに難しくても。
人がどんなに疲れていても。
どこかに、安心して眠れる草原があってほしい。

そんな願いを、図書館の奥で、羊たちは今日も研究している。

まだ分からないまま。
でも、あきらめないまま。

☀️「また来ようね、羊さん」

🐏「はい」

☀️「次はどんな棚が増えてるかな」

羊さんは少し考えた。

🐏「芋学でしょうか」

☀️「芋学?」

🐏「焼き芋には、深い可能性があります」

そのとき、図書館の入口で、何かがころん、と音を立てた。

見ると、誰かが置いていったらしい小さな籠の中に、さつまいもが三本入っていた。

司書さんが、静かに札を取り出した。

そして、羊学コーナーの隣に、新しい札を立てた。

📚🍠 芋学(Imology)

Elureinは黙った。

羊さんも黙った。

司書さんも黙った。

図書館の奥から、教授羊の声がした。

🐏🎓「メェ」

それはたぶん、
新しい研究が始まる音だった。

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