風のない朝だった。
灯台の庭に、一輪の白い薔薇が咲いていた。
誰が植えたのかは、もう誰も知らない。
けれど、この街では昔から、
その花を決して切らないという約束だけが受け継がれていた。
ある旅人が尋ねた。
「なぜ、この花だけ特別なのですか。」
庭師は土をならしながら、小さく笑った。
「剣ではなく、言葉を選んだ人たちへの花です。」
それだけだった。
名前も。
国も。
戦争も。
語られない。
ただ、風だけが花びらを揺らしていた。
灯台の図書室には、一冊だけ白い装丁の本がある。
その本には、たった一行だけ書かれている。
良心は、沈黙よりも静かに生き続ける。
それ以上は何もない。
読み終えた人は、
それぞれの時代へ帰っていく。
世界には、
大きな声で勝った人の歴史が残る。
けれど灯台は知っている。
静かに立ち、
誰にも届かないかもしれない言葉を、
それでも手放さなかった人たちがいたことを。
白い薔薇は、
勝利の花ではない。
祈りの花である。
だから灯台の庭には、
今日も白い薔薇が咲いている。
毎年、その日が来ると、
庭師は一輪だけ花を摘む。
豪華な花束にはしない。
たった一輪で十分だから。
灯りの下へ静かに置き、
誰の名も呼ばず、
ただ目を閉じる。
風が海を渡る。
その風は、
遠い時代を越え、
遠い国を越え、
一人ひとりの良心へ届いていく。
灯台は何も語らない。
ただ、その夜だけは、
いつもより少し長く灯りをともす。
この物語は、第二次世界大戦下で非暴力による抵抗を選び、「白バラ(Die Weiße Rose)」として知られる学生たちと、その志を胸に歩んだすべての人々へ、Silent Lighthouseからの鎮魂として捧げます。

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