😶💨✨
少し衝撃を受けた。
私は最近、聖書ジャーナルや聖書ジャーナリングの動画や記事を見るのが好きになった。
もちろん信仰そのものは違う。
けれど、
- どんなペンを使っているの?
- マーカーのルールは?
- 何冊目の聖書なの?
- 付箋貼りすぎて失敗した🤣
- 消えるペンが夏の車で死亡した😇
そんな「学ぶ人の生活」が見えるのが楽しかった。
そしてふと思った。
「御書でも同じことをしている人がいるのでは?🤔」
検索してみた。
目次
……ない🤣
驚くほど、ない。
出てくるのは、
- 御文の解説
- 講義
- ご指導
- 通解
もちろん、それらは大切なものだと思う。
でも私が知りたかったのは、
「どんなふうに学んでいるの?」
だったから。
私が知りたかったこと
🌸 御書バッグの中身
🌸 マーカーのルール
🌸 付箋はどれくらい使う?
🌸 100均の便利グッズ
🌸 トレーシングペーパー使ってる?
🌸 消せるペンで失敗した話🤣
🌸 付箋貼りすぎて御書が閉じなくなった話🤣
🌸 古文で脳が溶けた日の記録😇
そういう「学習者の暮らし」が見たかった。
でも、検索しても見つからなかった。
ショック🤯
でも同時に、少し嬉しくもあった。
「じゃあ自由でいいんだ。😊✨」
誰もルールを作っていない。
誰も「正しい御書ジャーナル」を決めていない。
だから、
私は私なりに、
- インデックスをつけて、
- モリス柄の紙を切って、
- 付箋を貼って、
- 時々遭難して🤣、
- お茶を飲みながら、
少しずつ学んでいけばいい。
もしかしたら。
今は存在しない「御書ジャーナル」という文化も、
こういう小さな工夫の積み重ねから始まるのかもしれない。
🔰教授、第一回の発見
「御書ジャーナル、検索してもない🤣」
これもまた、面白い探検の始まりなのかもしれない。
🪽 学ぶって楽しい🤩

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