目次
克服の物語に触れるたびに
「こんなふうに克服した」
「これを得ることができた」
そういう言葉に触れると、
素直にすごいと思う。
努力も、変化も、
確かに尊いものだと感じる。
でも ひとつの問いが残る
そのたびに、私は思う。
もし
何も得られなかったように感じた時は?
得られなかった日のこと
頑張ったけれど、変わらなかった。
克服できなかった。
何も手に入らなかった。
そのとき、
自分に何と言うのだろう。
「頑張った自分はえらい」と言えない日
「それでも頑張った自分はえらい」
そう言える日もあると思う。
でも、時々思う。
それさえ、言えない日は???。
何も残らなかったように感じる日
頑張ったことすら、
うまく認められない日。
何も残らなかったように感じる日。
そのとき、
自分に自分は何を差し出せるのか。
私が立つ場所
私は、ここにいたいと思う。
何も得られなかったとしても
何も変われなかったとしても
それでも
「ここにいるね」と言える場所に私は立つことを選ぶ。
結果の外にある在り方
結果がなくても
意味が見えなくても
その日を生きた自分を
私は、置き去りにしない。
静かな積み重ね
何かを得たかどうかではなく、
得られなかったときに、何が残っているか。
自分との関係が切れなかったこと。
それでも、ここにいようとしたこと。
そういう目には見えない積み重ねを
私は
「それでも離れなかった愛のかたち」と呼びたい。
円という感覚
それが「円」だと思っている。
誰も欠けない。
何も欠けない。
もちろん、
何も得られなかった日の私も。
読んでくれたあなたへ
もし、同じように感じたことがあるなら。
何も得られなかった日も
あなたは
ここにいていい。
I stay, even when nothing is gained.
もし何か感じたら、ひとことでも大丈夫です。
やさしい言葉をそっと置いてくださったら嬉しいです。
You can leave a short, gentle message.

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